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ダブルHOM干渉再考 (8)

現在、量子暗号や量子テレポーテーションで使われている光子検出器は、ガイガーモードで動作するAPD(アバランシェ・フォトダイオード)が主流です。

APDは光電流の増幅機能を持つ光検出器であり、光通信の信号の検出に広く使われています。APD に短時間(数 ns)の間アバランシェ降伏電圧以上の電圧を加えると、その間には非常に大きな光電流増幅率を持ち、1個の光子の吸収によって発生した1個の電子正孔対から観測可能な大きさ(増倍率100万倍程度)の光電流パルスを発生させることができます。これをガイガーモード動作と呼び、単一光子検出器に用いられています。


APD

図の引用元: Wikipedia "Single-photon avalanche diode"


特に、800nm用のSi-APDは、バンドギャップが広く結晶性に優れるため、室温での低い暗電流と高い量子効率を有しています。またイオン化率比が小さいため、増倍過程における過剰雑音も小さいとされています。


ダブルHOM干渉計(タイムコミュニケータ)では、検出器を用いた光子の測定は、ボブ(受信)側だけで事足ります。したがって、ボブ側のシグナル光子を810nm帯に設定すれば、安価で高効率なSi-APDが利用できます。

一方、一回のタイムコミュニケーションで信号が遡行できる時間は、アリス(送信)側の光路長からボブ(受信)側の光路長を差し引いた光路差に比例します。そこで、タイムコミュニケーションを実用化するためには、アリス側のアイドラー光子が通る光路長を数kmから数100kmにする必要が生じます。したがって、アイドラー光子の波長帯は光ファイバーの低損失波長帯である1550nmに設定するのが合理的です。


ガイガーモードで動作するAPDの一般的な価格は、web上で公開されている資料が少ないのでよくわかりません。特殊な例かもしれませんが、Newport社からSPM1D-T(500nm波長帯)というモデルが$3509で販売されています。


次回は、時分割処理に使うポッケルスセルについて概観したいと思います。

(つづく)



ダブルHOM干渉再考 (9) ← この節は間違い

偏光エンタングルメントを利用したダブルHOM干渉計(タイムコミュニケータ)を思いついたので、予定を変えて、今回はそのアイデアについてお話したいと思います。偏光エンタングルメントを利用するメリットは、パラメトリック下方変換器が1個だけですむことと、それにもかかわらず、ポッケルスセルによる時分割処理が不要なことです。下図は、偏光エンタングルメントを利用したダブルHOM干渉計の概念図です。


dhomi_anime_3

偏光エンタングルメント光源(パラメトリック下方変換器)を出た光子ペアは、一方がH偏光なら他方はV偏光であり、また、一方がV偏光なら他方はH偏光であるような量子相関状態にあります。まず、一方の光路にλ/2板を置いて、その光路の偏光状態を90°回転させることにより、量子相関関係を変更して、一方がH偏光なら他方もH偏光、一方がV偏光なら他方もV偏光になるようにします。つぎに、それぞれ光路に置かれた偏光ビームスプリッタPBS1, PBS2でH偏光とV偏光とを分離します。H偏光は短光路を通ってそのままビームスプリッタBS1, BS2へ入力されます。V偏光は長光路を通り、途中で、λ/2板によってH偏光に変換されてビームスプリッタBS1, BS2へ入力されます。

偏光エンタングルメント光源に入力するポンプ光はパルス光だとします。そして、偏光エンタングルメント光源から出力される光子ペアはポンプ光1パルス当たり1ペア程度生成されるものとします。

アリスがシャッターSHを開放した場合、前記長光路と前記短光路との光路差を、パルス間隔分とれば、ビームスプリッタBS1, BS2へはポンプ光の異なるパルスに由来するH偏光パルスがそれぞれの光路から入力されることになります。すると、ビームスプリッタBS1, BS2から出てきた光子が短光路を通ってきたのか長光路を通ってきたのかを識別することは原理的に不可能です。この不可識別性は、HOM干渉の条件を満たしています。そこで、光路┐1光子と光路の1光子とはビームスプリッタBS1, BS2の一方の出力ポートに偏って出力されるので、その場合、同時カウントの時間窓をパルス幅に設定すれば、検出器D1, D2の同時係数率はゼロになります。

一方、アリスがシャッターSHを閉鎖した場合、アリスは長光路と短光路の光子の到達時刻を別々に知ることができます。すると、通常、それらの光子はパルス幅の中で異なる位置に見出されるでしょう。したがって、ボブ側のビームスプリッタBS2に入力される光路┐1光子と光路の1光子もパルス幅の中で異なる位置に確定するので、識別可能になり、HOM干渉は抑制され、パルス幅の時間窓における検出器D1, D2の同時係数率は増大します。


この方法の欠点は、パルスが短光路側あるいは長光路側に偏って連続することがあるため通信の効率が落ちる点です。とはいえ、この方法なら、有力な大学の量子光学研究室(偏光エンタングルメント光源を設備していると思われる)はすぐに実験できるので、タイムコミュニケーションの検証方法としては優れていると思います。

(つづく)



超光速ニュートリノの運動法則 !?

ダブルHOM干渉計(タイムコミュニケータ)ばかりを攻めていると、かえって集中力が鈍るので、気分転換に今回は超光速ニュートリノのパラドックスを攻めてみたいと思います。この件でどうしても腑に落ちないのは、OPERAの実験・再実験の結果とSN 1987aの観測結果とを整合させるためには、ニュートリノが超光速から光速まで勝手に減速したと考えざるを得ないという点です。少なくとも光速以下の通常の素粒子は、慣性系において慣性の法則に従うため勝手に減速したりしません。しかし、超光速ニュートリノの場合は慣性系においてそれが起こっているというのです。


そこで、超光速ニュートリノの運動法則は光速以下の素粒子の運動法則とは全く異なるだろうと大胆に予想して、以下の尤もな要請の下に、それを描き出したいと思います。


要請1. ニュートリノの運動法則は、相対論的因果律に反しない。

要請2. ニュートリノの運動法則は、どんな慣性系でも一貫性をもって記述される(ローレンツ不変である)。


まず、相対論的因果律との無矛盾性について考えてみましょう。相対論的因果律が成立するためには、ニュートリノの検出事象は、必ず、ニュートリノ生成の原因事象を頂点とする未来光円錐の内側になければなりません。なぜなら、この条件が満たされないと、因果律に反するかたちで過去へ信号を送れてしまうからです。


つぎに、ニュートリノが従う運動法則がどの慣性系でも一貫性をもって記述されるという要請2について考えてみましょう。ニュートリノの世界線は、時間逆行運動から超光速を経て光速に限りなく接近していく時空上の曲線だと考えられます。この曲線が、どの慣性系においても幾何学的に同一な曲線として記述でき、なおかつ、要請1を満たすとすればそれは一意に決まります。すなわち、その曲線とは、前記未来光円錐内の時空平面上にあって、その時空平面に投影された前記未来光円錐の輪郭線を漸近線とする時空双曲線です。ただし、ここで時空平面とはミンコフスキー時空にあって時間軸を含む平面だとします。


下図(クリックすると拡大)左は、慣性系Sにおけるニュートリノ生成の原因事象とニュートリノの世界線(赤線)との関係を示したミンコフスキー時空図です。下図右は、慣性系Sに対して光速の58パーセント(1/√3倍)の速度でx方向に移動する慣性系S'の図です。これらの図が示すのように、慣性系Sと慣性系S'において、ニュートリノの世界線は全く同じ時空双曲線として表されます。慣性系Sではニュートリノは速度無限大で生成され、光速に漸近するように減速していきます。また、慣性系S'ではニュートリノは過去へ向かって生成され時間逆行運動から速度無限大を経て光速に漸近していきます。このように、ニュートリノはいかなる仕方で生成されても光速以下になることはありません。したがって、ニュートリノはタキオン的な素粒子だといえます。


neutrino_2s


ニュートリノの運動法則は、つぎのように要約できます。


ニュートリノの世界線は、ニュートリノ生成の原因事象を頂点とする未来光円錐内の時空平面上にあって、その時空平面に投影された前記未来光円錐の輪郭線を漸近線とする時空双曲線である。


このニュートリノの運動法則は、運動が因果律によって規定されていることを示した初めての法則です。

(つづく)



超光速ニュートリノの運動法則 (2)

ニュートリノが光速以下にはなりえないタキオン的な素粒子なら、その静止質量などというものは原理的に存在しません。ですから、静止質量の存在を前提とする従来の運動法則(力学法則)をニュートリノに無理やり当てはめれば、虚数質量が現れたり実数質量が現れたりして一貫した記述がえられなくても不思議ではありません。もし、前述のニュートリノの運動法則(以下、単にニュートリノの運動法則という)が正しいなら、いつの日か頭のいい人あるいはAIが超光速ニュートリノの運動法則と光速以下の従来の運動法則とを統一的に記述することに成功するでしょう。そんなことは数学音痴の私には知ったこちゃない話なので、今回は新しいニュートリノの運動法則が持つ自然哲学的な意味について考えてみたいと思います。


ニュートリノの運動法則の著しい特徴は、なんといっても、その不可逆性です。光速以下の物体の運動法則は時間反転に対して対称なので、下図上側の2図のようにct軸を反転しても運動法則がそのまま成立します。ところが、ニュートリノの場合は下図下側の2図のようにct軸を反転すると運動法則が成立しません。


neutrino_3

因果律によれば、ニュートリノ生成の原因事象はニュートリノ生成やニュートリノ検出よりも必ず過去になければなりません。したがって、ニュートリノ生成の原因事象が運動を規定しているとするニュートリノの運動法則が、不可逆なのは当然だといえます。


それでは、ニュートリノ生成の原因事象とは一体どのような事象なのでしょうか。それは、当ブログ当カテゴリーの「因果律とは何か」という記事で述べたとおりです。ニュートリノ生成の原因事象は量子力学的確率事象です。ニュートリノ生成に対する原因事象が複数ある場合や連続的に存在する場合は、ニュートリノの世界線も離散的あるいは分散的になります。

(つづく)



超光速ニュートリノの運動法則 (3)

引き続き、ニュートリノの運動法則について考えてみたいと思います。前回は、ニュートリノの運動法則の不可逆性について述べました。今回は、ニュートリノの時間逆行運動について考えみます。ここで、時間逆行運動とは、ニュートリノの生成事象がニュートリノの検出事象よりも未来にある場合の運動です。たとえば、下図左のような場合、因果的順序(causal sequence)に従っていうと、ニュートリノの生成系からニュートリノ分のエネルギーが奪われ、ニュートリノの検出系へニュートリノ分のエネルギーが付加されます。この状況を、時間的順序(time sequence)に従っていうと、まず検出系にエネルギーが付加され、その後、生成系のエネルギーが奪われたといえます。したがって、この場合、検出事象から生成事象に向けて負のエネルギーのニュートリノが移動したと看做すことができます。


neutrino_4

つぎに、上図右のように、因果的順序において、ニュートリノが時間逆行運動から超光速運動へと移った後検出される場合について考えてみます。この場合、1つのニュートリノの世界線が同時刻面に2つの交点を持つという不思議な事態が起こります。そして、一方の交点においてニュートリノのエネルギーは負であり、もう一方の交点においてニュートリノのエネルギーは正であり、両者のエネルギーの合計はゼロになります。これは、一見パラドキシカルな状況のようにみえます。しかし、時間的順序に従って、ニュートリノの世界線(双曲線)がその最下点(速度無限大の時空点)からx方向と-x方向との2方向に向かってのびていくと看做した場合、エネルギー保存則から考えて、正負のそれぞれのニュートリノのエネルギーの和がゼロになることは当然だといえます。なお、ニュートリノのエネルギーの正負は慣性系の採り方に依存しています。


「ニュートリノの世界線は、因果律を反映した時空双曲線である」という予想が正しいなら、慣性の法則は光速以下の現象に限定される適用限界を持った法則だということになります。ガリレイ・ニュートン以来慣れ親しんできた慣性の法則の一般性を否定するこのような飛躍は容易に受け入れられないでしょう。しかし、今回のOPERAによる実験・再実験の結果と因果律とを両立させるための対価としてこの程度の飛躍は決して法外とはいえません。

(つづく)



超光速ニュートリノの運動法則 (4)

ニュートリノの速度が光速以下にはならないとすると、それはタキオン的な粒子だということになります。では、タキオンとはどんな素粒子でしょうか。以下ウィキペディアからの引用です。
(引用開始)

タキオンは超光速で運動する。特殊相対性理論では、タキオンは空間的な (space-like) 四元運動量および虚数の固有時を持つ粒子である。タキオンはエネルギーー運動量グラフの空間的な領域に制限され、亜光速以下の速度で運動することができない。
タキオンに対して、静止質量0で真空中を光速で運動する粒子をルクソン、正の実数の静止質量を持ち(マッシヴであり)どんなに加速しても真空中の光速には達しない粒子をターディオンと呼ぶ。これらの語は、タキオンを議論する文脈においてのみ、タキオンとの対比として用いられる。
(中略)

  • ターディオンはどんなに加速しても光速を越えることはないが、タキオンはどんなに減速しても常に超光速であり光速以下になることはない。また、ターディオンがエネルギーを与えれば与えるほど加速していくのに対して、タキオンはエネルギーを失えば失うほど加速していく。
  • タキオンのエネルギーと運動量は測定可能な物理量なので実数であることが期待されるが、上の性質を持つならば、その静止質量および固有時は虚数となる。
(引用終了)

以上の引用におけるタキオンは慣性の法則が成立することを前提とした粒子です。しかし、既述のニュートリノの運動法則では慣性の法則が成立しないので、ここでは、ニュートリノをタキオン/ニュートリノと呼ぶことにより従来のタキオンと区別したいと思います。ターディオンとルクソンとタキオン/ニュートリノのそれぞれの世界線は、下の各ミンコフスキー時空図中の赤線のようになります。


neutrino_5

この図から明らかなように、タキオン/ニュートリノの生成事象Gと生成の原因事象Cとが同じ時空点にある場合は、タキオン/ニュートリノの世界線は時間軸ctに対して45°傾いた直線になります。したがって、その場合タキオン/ニュートリノはルクソンと看做せます。ゆえに、タキオン/ニュートリノの実数質量はゼロであることが期待されます。

(つづく)



超光速ニュートリノの運動法則 (5)

sn1987a

SN 1987A (Photo courtesy of NASA/ESA)    


「ニュートリノの運動法則」から、タキオン/ニュートリノの実数質量はゼロであることが期待されます。しかし一方、従来の理論によればニュートリノは非常に小さい実数質量を持つとされ、そのことは、ニュートリノ振動の観測によって実証されたと考えられています。現段階で、この相反する見解のどちらが信頼できるかといえば、無論、精緻な理論と実験にもとづく従来の見解だということになります。とはいえ、従来の理論はニュートリノが光速以下の粒子ターディオンであることと慣性の法則が成立することを前提にしているので、それによってOPERAの実験結果とSN1987Aの観測結果を整合的に説明することは困難だと思われます。つまり、従来の理論が正しいなら、OPERAの観測の方が間違っている可能性が高いと考えられます。


ここでは、従来の理論に囚われることなく、タキオン/ニュートリノの質量がゼロであるという前提で考察をすすめたいと思います。質量がゼロであるということから、運動量pとエネルギーEとの関係は光子等のルクソンと同様に次の式で表されます。

formula_bp

上式のように、運動量とエネルギーが光速cを比例定数とする比例関係になるということが重要です。なぜなら、タキオン/ニュートリノの世界線が時空双曲線であって、かつ、運動量保存則とエネルギー保存則とが両立するためには運動量とエネルギーが、慣性系におけるタキオン/ニュートリノの速度変化に依存しない比例関係でなければならないからです。なお、従来タキオンは虚数質量を持つといわれてきましたが、それはタキオンを有質量の粒子と考えたからだと思われます。しかし、タキオン/ニュートリノの生成の原因事象と生成事象とが同一時空点である場合は、タキオン/ニュートリノは光速の粒子として存在します。したがって、正確にいえば、タキオン/ニュートリノは光速以下にはならない虚数質量の粒子ではなく、光速未満にはならない無質量の粒子だといえます。ゆえに、それは実数質量も虚数質量も持たない粒子であると考えるのが自然です。


光子などの光速粒子ルクソンでは、当然、速度状態は一つです。しかし、タキオン/ニュートリノの速度には元々幅があるので、一般にその速度状態は重ね合わせの状態になっています。つまり、タキオン/ニュートリノは、異なる質量の重ね合わせ状態ではないが、異なる速度の重ね合わせの状態ではあるといえます。もしかすると、そのことからニュートリノ振動を質量ぬきで説明できるかもしれません。無学無才な私には、この程度の憶測をするのが精一杯です。

(つづく)



超光速ニュートリノの運動法則 (6)

OPERAの実験結果とSN1987Aの観測結果を整合的に説明するためには、超光速ニュートリノはエネルギーを保存しながら自発的に光速まで減速すると考えざるをえません。そして、それが因果律とローレンツ不変性に従うなら、その世界線は時空双曲線になります。しかし、そのような慣性の法則に背く運動法則が受け入れられるためには、それがOPERAやSN1987A以外の既存の観測データとも無矛盾でなければなりません。


ニュートリノに特徴的な現象としてニュートリノ振動があげられます。これは、ニュートリノが複数の質量状態の重ね合わせであるという理論から予測され、かつ、実際に確認された現象です。しかし、ニュートリノの運動法則が正しいなら、ニュートリノの質量はゼロでなければなりません。したがって、質量がゼロであってもニュートリノ振動が起こる可能性を示せなければ、ニュートリノの運動法則は間違っているということになります。


ニュートリノ生成の原因事象が2つの接近した時空点に限られる場合について考えてみます。各原因事象によって、ニュートリノが漸近していく各漸近線が決定されます。一つの速度状態にあるニュートリノの波動を時間軸方向に等間隔な多数の世界線として表した場合、二つの速度状態の重ね合わせは模式的に下図のように表すことが出来ます。


neutrino_6

この図から、それぞれの速度状態のニュートリノが干渉してニュートリノの存在確率が変化する様子が見て取れます。憶測の域を出ませんが、このような存在確率の増減は、ニュートリノ振動と関係している可能性があります。ただし、ニュートリノのエネルギーEとプランク定数hと振動数νとはE=hνの関係にあって、かつ、エネルギーEは速度が変化しても一定であるとしました。


超光速ニュートリノの謎を解明するには、その前提として因果律に則った指導原理を打ち立てる必要があります。なぜなら、因果律を無視あるいは軽視した超光速粒子のモデルは、机上の検討段階で因果パラドックス(タイムパラドックス)に陥って破綻する可能性が高いからです。私が、因果律に則ったニュートリノの運動法則にこだわる理由はそこにあります。

(つづく)



超光速ニュートリノの運動法則 (7)

今回の超光速ニュートリノに関する報道では、たびたび次のようなコメントがなされています。「もし超光速ニュートリノが実在したら、それを利用して時間逆行通信(過去への通信)が可能になるので因果律が崩壊する。」確かに、これは専門家を含めて広く一般にいきわたっている認識です。しかし、時間逆行通信はすべて因果律に反するというのは重大な誤解です。なぜなら、現在の受信事象より過去に起こった通信の原因事象にもとづいて未来に送信がなされる場合は、過去の原因事象(通信の原因事象)と現在の結果事象(通信の結果事象:受信事象)という正常な先後関係が成立するので因果律が守られるからです。逆にいえば、因果律はタイムコミュニケーション(時間逆行通信や超光速通信)を条件付で許容するので、その許容範囲内において超光速粒子や超光速現象は存在し得るといえます。


具体例として、超光速ニュートリノによるタイムコミュニケーションを地震予知に利用する場合について考えてみます。下の図は、事象の因果的順序:地震の原因事象→ニュートリノ生成の原因事象→地震発生→シャッター開放(送信事象)→ニュートリノ生成事象→ニュートリノ検出による地震の予知(受信事象)の時空上の位置関係を示したミンコフスキー時空図です。


neutrino_7

送信者アリスは、地震発生を知った時点で、陽子ビーム軌道上のシャッターを開放してニュートリノ生成させることにより受信者ボブへ地震情報を送信します。受信者ボブはニュートリノを検出することにより、未来の送信者アリスが送信した地震情報を取得し地震を予知します。この図のように、受信者ボブの受信事象がニュートリノ発生の原因事象よりも未来に位置していれば、原因と結果の先後関係は正常なので因果律は守られます。
ニュートリノの世界線が、その生成よりもずっと過去にある生成の原因事象の時空上の位置に左右されるという考えは、なかなか飲み込みにくいと思います。しかし、超光速ニュートリノを因果律に反することなく物理学に取り込むためには、因果的遠隔作用とでもいうべき Spooky Action at a Distance(遠隔怪作用)の存在を容認せざるを得ません。


以上のように、超光速ニュートリノをタイムコミュニケーションに利用することは原理的に可能です。とはいえ、ニュートリノの生成や検出には膨大なコストがかかるので、この方法によってタイムコミュニケーションを実用化するのは現実的とはいえません。一方、非局所的な量子相関を利用するダブルHOM干渉計なら、ニュートリノを利用する場合に比べて1000分の1以下のコストで十分実用的なタイムコミュニケーションが実現できます。

(進展があったらまた書きます)

[ScienceNews]超光速ニュートリノの波紋



ダブルHOM干渉再考 (10)

ダブルHOM干渉計(タイムコミュニケータ)では、信号の遡行時間はアイドラー光子の光路とシグナル光子の光路の光路差に比例して増減ます。例えば、その光路差が300kmなら、それを光速c(30万km/s)で割って得られる時間だけ、つまり1msだけ過去に信号を送れます。ただし、送信側と受信側の双方でHOM干渉が起こるためには、送信側でHOM干渉するアイドラー光子の組と受信側でHOM干渉するシグナル光子の組とを同じEPRペアに属する組にする必要があります。そのことを300km以上もの光路長において保証するためには、HOM干渉する2つのアイドラー光子を何らかの方法で1本の光路で伝送する必要があります。なぜなら、HOM干渉する2つのアイドラー光子を別々に300kmの2光路に通した場合、それぞれの光路差の変動をゼロに(ポンプ光のコヒーレンス長より十分小さく)保つことは非常に困難だからです。


アイドラー光子の光路を1本にまとめる有力は方法としては、このシリーズ記事の(6)で述べたように、もともと1本の光路を通ってきたビームをポッケルスセルで2光路に時分割し、時分割したパルスを非平衡マッハツェンダー干渉計の長光路と短光路に通すことにより同期させてHOM干渉させるという方法が考えられます(下図参照)。


pkc_anime

以下は、LINOS社のカタログ/ポッケルスセルからの引用です。
ポッケルス効果として知られる一次電気光学効果とは、外部電界の影響下で光学媒体が屈折率変化を起こすことです。この場合ある結晶は、ゼロポテンシャル等方光軸方向に複屈折特性を持ちます。
直線偏光が結晶光軸方向に入射すると、結晶に電圧が加えられていない限り偏光条件は変わりません。電圧が加わると、一般的に結晶から出射される光は楕円偏光となります。
従来の光学方式に類似して位相板が作製できます。常光線と異常光線の間では位相シフトが生じます。従来の光学とは違い、位相シフトの範囲は外部印加電圧で調節可能です。λ/4あるいはλ/2リターデーション(位相遅れ)が与えられた波長で得られます。


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LINOS社製ポッケルスセル   


(つづく)



時間の矢 (1)

boltzmann

ボルツマンの墓碑(Wikipediaより)  


「覆水盆に返らず」ということわざのように、一般的に巨視的な物理現象は不可逆です。そして、不可逆だから時間非対称だということになります。また、多くの物理学者は物理現象の時間非対称性が究極的には宇宙論によって保証されると考えています。
いいでしょう。宇宙論によって物理現象の時間非対称性が保証されたとしましょう。では、時間非対称性が保証されたら不可逆性も保証されるのでしょうか。
答えは、否です。なぜなら、宇宙を記述する方程式が時間非対称であったとしても、その方程式は、時間がプラスの方向にだけ進むという不可逆性(時間の矢)の根拠にはならないからです。


物理現象が不可逆だから、物理世界は時間非対称だとはいえても、物理世界が時間非対称だから物理現象は不可逆だとはいえません。不可逆性は時間の矢を意味しますが、時間非対称は時間の矢を意味しないからです。そうすると、可逆な力学を前提とする宇宙論や統計力学から時間の矢を説明するのは土台無理ということになります。では、時間の矢の物理学的根拠はいったいどこに求めればよいのでしょうか。


私は、時間の矢の物理学的根拠は観測者の実存に求められると考えています。ただし、それを示すためには物理世界を実存を中心とした世界として定義しなおさなければなりません。実存を中心とした物理世界は現実世界と可能世界とからなります。現実世界とは、いまここの実存を頂点とする過去光円錐の内側に存在する既測定の世界です。そして、可能世界は、いまここの実存を中心とした全時空にまたがる未測定の世界です。


時間の矢(不可逆性)が存在するためには、過去,現在,未来が有意味に存在しなければなりません。そして、過去,現在,未来という不可逆な様相に意味を与えているのは、他ならぬいまここのあなたや私、すなわち実存です。

(つづく)



時間の矢 (2)

tokisoba

時そば 柳家喬太郎  


「時そば」っていう有名な古典落語がありますね。あの話は、「今」だからこそ成立する詐欺を見事に成功させる男と、「今」だからこそ絶対にやってはいけないへまをやらかす男を対照させて笑わせます。
現実社会においても、「今」の円相場、「今」の列車ダイヤの遅れと言った具合に、「今」はあらゆる社会活動においてきわめて重要な概念です。
ところが、驚くべきことに、現代物理学が記述する物理世界には、「時間の矢」どころか「今」という概念さえも有意味な形で存在しないのです!


万物の理論が完成して宇宙が一つの方程式で書き下せたとしても、現代物理学のパラダイムに留まる限り,その方程式に「今」や「時間の矢(不可逆性)」が反映される可能性は皆無です。このことは、現代物理学のパラダイムがデカルトの物心二元論の延長線上にあるためだといえます。「今」や「時間の矢」は、心に帰属する概念なので物理学の知ったこっちゃないというわけです。


そこで、もし「今」や「時間の矢」を物理学の中で正当に取り扱おうとするなら、物理学を物心二元論のパラダイムから心の問題も取り扱えるパラダイムへとシフトさせなければなりません。


私は、新しい物理学のパラダイムは、いまここの実存(観測者,記述者)を中心に据えたものになるだろうと予想しています。
いまここの実存を中心に据えることにより、物理世界は、実存を頂点とした過去光円錐の中にある既測定の「現実世界」と、実存を中心として全時空にまたがる未測定の「可能世界」とからなることになります。ということは、あなたや私という実存毎にユニークな現実世界があるのだということになります。だからといって、実存相互が無関係だということではありません。なぜなら、それら(彼ら)は現実世界や可能世界の少なからぬ部分を共有しているからです。
この新しい物理学(実存物理学)が誕生すれば、「今」や「時間の矢」は、その中心的な概念として回収されます。



実存物理学 (1)

mach

私は物事の中心にあるのか? Ernst Mach (1914)  


私は、ときどき支離滅裂な夢をみます。しかし、その夢が支離滅裂だとわかるのは夢からさめ(かけ)たときであって、夢の中にどっぷり浸かっていればその夢の世界が支離滅裂だとは思いません。
ということは、現実世界(だと私が思っている世界)の中で踏ん反り返っている数学的真理や物理法則といえども私が「私の人生という夢」からさめれば支離滅裂であることは十分にありえます。ところが、この私や私を取り巻く他者は、夢の中であろうがあの世であろうが、一貫して存在する(であろう)といえます。なぜなら、もしそれらが存在しなければ、この世もあの世も夢の世も有意味に構成されえないからです。すなわち、人間的存在としての実存は、真理や法則としての本質に優先して存在する、すなわち文字通り「実存は本質に先立つ」ということです。


さて、「実存が本質に先立つ」のだとすれば、本質、特に物理法則の基本的な在り方に実存が反映されるのは当然だといえます。ところが、物心二元論のパラダイムの上に構築された近現代の物理学では、実存が意図的に排除されてきました。おどろくべきことに、現代物理学は実存に一切触れることなく万物の理論を手に入れられると本気で考えているようです。しかし、物理学が実存を排除してきたつけがだんだん無視できなくなってきています。具体的には実存に関係する未解決問題として次のような問題を挙げることができます。


  • 因果律の物理学的定義
  • 過去,現在,未来や時間の矢といった概念の物理学的起源
  • 量子力学の観測問題
  • 意識あるいは人工意識の物理学的定義

非物理的実体である実存を物理世界の一部に取り込むことは物理世界という概念そのものを破綻させてしまいます。だがしかし、私は実存を物理世界の母体として捉えることにより、物心二元論のパラダイムを乗り越えた「実存物理学」というべき新しい物理学に到達できると考えています。


量子力学の観測問題は、実存物理学の試金石です。これから述べるように、実存を母体にして物理世界を再構築すれば、観測対象が量子的純粋状態から古典的混合状態へ遷移する根拠やその時空領域を明確に示すことができます。

(つづく)



実存物理学 (2)

quantumcat

「シュレーディンガーの猫」のイメージ図(ウィキペディアより)  


実存物理学の強みは、観測問題を実証可能な形で解ける点です。


シュレーディンガーの猫の問題は量子力学によって解くことが不可能な問題です。よく、「量子デコヒーレンスにより猫のパラドックスは解ける」という言説を見かけますが、それは単なる希望の表明であって数理物理的な根拠にもとづく表明ではありません。実際、量子デコヒーレンスが起こっても猫の状態は量子的混合状態にとどまります。量子的混合状態は密度行列によって表わされます。密度行列の数学的性質から、「生」と「死」の確率的混合として表わされる量子的混合状態は、「生+死」と「生−死」の量子的混合状態にも変換可能です。したがって、量子デコヒーレンスによって猫が生と死の重ね合わせの状態として観測されないという事実を根拠付けることはできません。


猫が、生と死の重ね合わせの状態としてではなく、生か死のいずれかの状態として観測されるためには、観測前に猫の状態が生と死の古典的混合状態になっていなければなりません。ここで、古典的混合状態とはコイントスの後で手の内のコインが表裏どちらかに決まっているような状態のことです。では、生と死の古典的混合状態はどのように実現するのでしょうか。それを知るためには、猫の生死の原因を突き止める必要があります。猫の生死は、青酸ガスが入ったビンが破壊されるかどうかにかかっています。そして、そのビンの破壊・非破壊はガイガーカウンターにおけるアルファ粒子の検出・非検出によって決まります。さらに、アルファ粒子の検出・非検出はラジウムからガイガーカウンターへ向けてのアルファ粒子の放出・非放出によって決まります。アルファ粒子のラジウム原子からの放出が量子力学的確率事象であるとすれば、猫の生死の究極的な原因はアルファ粒子の非放出・放出だということになります。注目すべき点は、アルファ粒子の放出→アルファ粒子の検出→青酸ガスビンの破壊→猫の死という連鎖がドミノ倒しのような決定論的な連鎖である点です。 つまり、このような実験系を設定した時点で、すでに猫の状態は生か死かのいずれかの可能性しか無くなっているのです!ですから、シュレーディンガーの猫を説明する観測理論は、その実験系における猫が最初から生と死の古典的混合状態として記述されような理論でなければなりません。


以上の文章を読んで、「可笑しなことを言うね。ラジウムからのアルファ粒子の放出・非放出は量子力学的な重ね合わせ状態じゃないの?」と疑問に思われた方も多いでしょう。でも、よく考えてみてください。ここで重要なことは、検出器に向けてのアルファ粒子の放出・非放出を問題にしているという事実です。つまり、検出器は最初からそこに置かれている。したがって、可能な事態は、最初から検出か非検出のどちらかに限定されてしまっているのです。ですから、検出装置に向けて放出されるアルファ粒子の状態は、最初から有るか無いかの確率的混合つまり古典的混合状態として記述しても何の不都合もないのです。
子供だましのように受け取られたかもしれません。しかし、そうではないのです。検出装置の設定という事態が、測定対象を古典的混合状態として記述することを要請しているのです。


ここでさらに、検出器の設定・非設定に関する原因事象というものについて考えてみましょう。そして、その原因事象は量子力学的確率事象だとします。すると、検出器の設定が選択された世界の中、すなわち、設定の原因事象を頂点とする未来光円錐の内側にいる観測者は、上述したとおり、猫の状態を生か死のいずれかの状態つまり古典的混合状態として記述できます。ところが、設定・非設定の原因事象を頂点とする未来光円錐の外側にいる記述者は、猫の状態を量子力学的な重ね合わせの状態つまり量子的純粋状態として記述する以外に仕様がありません。この様に、対象系の状態の記述はその認識主体である実存の時空上の位置に依存するということになります。


この考えを推し進めると、量子的純粋状態から古典的混合状態への遷移が起こる時空面を特定でます。しかも、この観測理論の正当性は既存の量子光学デバイスを用いた実験によって確かめることが可能です。

(つづく)



実存物理学 (3)

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Bohr and Einstein (Photo by Ehrenfest 1925)  


「神はサイコロを振らない」というアインシュタインの発言に対して、ボーアは「神に指図をするな」と応じたそうです。なぜ、アインシュタインは神を持ち出してまで量子力学の確率解釈に反対したのでしょうか。彼がそうまでして守りたかったものとは一体なんだったのでしょうか。彼の輝かしい業績でしょうか。否。彼が守りたかったものは、決定論的実在論という信念であったと私は思います。つまり、「物理世界は観測者がいようがいまいが厳然と存在し決定論的に時間発展している」という信念です。一見この信念は、彼自身が相対論を創出する段階で観測者を構成要素として含む思考実験を盛んに行っていたという事実と矛盾するように見えます。しかし、彼にとって観測者は決定論的実在へと登りつめるための単なる梯子にすぎなかったのです。だから相対論が完成したとき、彼はその梯子(観測者:実存)を喜んで打ち捨てました。


逆説的になりますが、天才が神を持ち出してまで守ろうとしたものだからこそ、決定論的実在論は大いに疑われるべきものだと私は考えます。


決定論的実在論の問題点や確率と実存との関係を簡単な事例によって確かめてみましょう。考察に必要なものは1個の光子と1個のハーフミラーと1個の検出器、たったこれだけです!


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上の図のように、光子はハーフミラーを透過あるいは反射します。そして、光子はハーフミラーを透過した場合に検出器で検出されます。

ここで重要なことは、全く同じ状態の光子とハーフミラーを用いていたとしても、光子が検出器で検出されることもあれば検出されないこともあるという事実です。ですから、ここでいう量子論的な確率というものは、状態の統計的な揺らぎに基づく古典論的な確率とは全く別ものです。すなわち、古典論的な確率が状態に関する知識不足を反映しているのに対して、量子論的な確率は観測者(実存)にとってこれからいずれかが現実世界になるであろう複数の可能世界ごとに割り振られる実現性を反映しているのです。もちろん、観測者は量子論的な確率を左右できる存在ではありません。とはいえ、そもそも観測者という存在が無ければ量子論的な確率は意味を持ちえないことも確かです。


観測者(実存)の存在を前提とし、かつ、非決定論的に時間発展する物理世界像を反映する量子論的な確率論(可能世界論)は、「物理世界は観測者がいようがいまいが厳然と存在し決定論的に時間発展している」という信念(決定論的実在論)と対立します。そこで、決定論的実在論者は実存の影を物理世界から追い出すために、数ある可能世界の中の一つが現実世界になるという量子論的な確率論(可能世界論)を拒否して、一つの現実世界が多数の現実世界へと分岐していくという多世界論へと趨りました。


以上のように、可能世界論と多世界論は同じように見えて実は互いに退け合う水と油のような関係にあります。その優劣が明らかになったとき、実存物理学か決定論的実在論かのいずれか一方が消え去ります。

(つづく)


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