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意識 Awareness

意志は、意識下の選択に関する選択機能だと考えられます。そこで、 Machine Free Will を実現するためには、まず、機械に意識をもたらすメカニズムを解明しなければなりません。ここで、注意しなければならないことは、機械に意識をもたらすメカニズムは解明できても、意識そのものはメカニズムに還元できないということです。よく知られたライプニッツによる「製粉所のたとえ」を、以下引用します。


知覚と、それに依存しているものは機械論だけでは説明できないということは、告白しておかなくてはならない。つまり形態とその運動だけでは説明できないのだ。そして考え、感じ、知覚するようにつくられた機械があったとしよう。その機械を各部分の比率はそのままにずっと大きくしてやって、たとえば製粉所に入るようにその機械の中に入れたとしよう。そのとき、その内部を調べてみても、いろんな部品が相互に作用しているのが見えるだけで、知覚そのものを説明するものはいっさい見つからないだろう。

Leibniz "Theod. Pref. [E. 474; G. vi. 37].", Robert Latta, 山形浩生訳


ここで、意識を下記のように定義することにします。


「いまここの私」を検証する当の私自身(個体)の作業状態


上の定義における「いまここの私」が何を意味するのかについて考えてみます。「いまここの私」という概念は、決定論的世界には存在しえません。なぜなら、決定論は世界を東京地下鉄路線図のように決定された像として捉えるので、「いまここの私」に意味を与えることは全くできないからです。実際、「いまここの私」は非決定論的世界像における概念だといえます。すなわち、「いまここの私」は未来光円錐と過去光円錐の接点として表現され、「いまここの私」の歴史は過去光円錘の中に存在し、「いまここの私の」の未来は非決定的な可能世界として未来光円錐の中に存在します。したがって、「いまここの私」は、次のようなミンコフスキー時空図によって表すことができます。

(つづく)

imakoko


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