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決定論という妄想

自由意志の哲学では必ずといっていいくらい自由意志と決定論との関係が問題になります。なぜなら、因果的決定論の観点に立って、宇宙の全ての事象が宇宙の始まりの時点の事象と因果関係で結ばれているとすると、我々の行動は宇宙の始まりの時点から決定されていることになり、したがって、自由意志は幻想だといえるからです。


決定論は、物事を予測する上で頼りになる考え方です。もしそれが正しいなら、十分なデータおよび計算資源と正しい物理法則さえ揃えば、我々は十分な精度で未来を予測できるからです。実際、ニュートン力学の大成功によって、決定論=科学的世界像といった極端な考え方が、科学者のみならず一般大衆にも深く浸透していきました。


しかし、20世紀に入って量子力学が誕生したことにより、情勢が一変しました。例えば、量子力学によれば、一個の光子がハーフミラーに入射した場合、それが反射側で観測されるか、それとも、透過側で観測されるかは、原理的な意味で確率的です。したがって、我々が観測可能な世界は本質的に非決定論的な世界だといえます。


決定論的な古典力学の成功体験に重きを置く人々が、量子力学の非決定性を見かけ上の性質とみなして、その見かけ上の非決定性を決定論的に説明できる世界像を模索したのは自然の成行きでした。ボームの非局所実在論やエヴェレットの多世界論などの決定論的世界像が一定の支持者を集めているのはそのためです。しかし、決定論は形而上学的な立場であるということを忘れてはなりません。多世界論者は、多世界論のメリットとして「宇宙論を扱える。」ということを喧伝していますが、それは同時に、彼らが「多世界論は形而上学的な世界像である。」と表明していることに他なりません。


私は、形而上学を否定はしませんが、物理学は形而下の問題を扱うべきだと考えています。そして、形而下の物理学的検証によって、我々の観測可能な世界は非決定論的であることが明らかになったのです。ゆえに、自由意志は幻想ではありません。むしろ、因果的決定論の方こそ形而上学的な妄想だといえるのです。自由意志問題は、因果的決定論という誤った世界像によって捏造された擬似問題にすぎません。


newton_leibniz

ライプニッツは、非決定論的な可能世界論を提唱しました。



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