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「私」と「他者」と「物理世界」 (3)

kenji

宮沢賢治「月夜のでんしんばしら」


「私」と「あなた」とは通信によって結ばれている。
その通信環境が「時空」であり、その通信媒体が「物」である。
「物」が通信媒体であるということは、それが送信における「操作」や受信における「観測」の対象だということである。


「操作」とは、主観的には操作者の意志を具現する能動的な行為であるが、客観的には操作系における確率的な自然現象である。
「観測」とは、主観的には観測者の意識を惹起する受動的な行為であるが、客観的には観測系における確率的な自然現象である。


そこで、一見すると「操作」や「観測」や「通信」は、それらの系における確率的な自然現象として首尾一貫した形で唯物論的に記述できるように見える。
だがしかし、そもそも確率は、可能性に関する様相概念、すなわち、何が現実で何が可能性なのかを規定している「私」や「他者」の実存を前提とした非唯物論的な概念である。

したがって、自然現象が確率的な現象である限り、「操作」も「観測」も「通信」も首尾一貫した形で唯物論的に記述することは不可能である。

いやむしろ、「物理世界」が「私」や「他者」の実存を前提とした非唯物論的な世界だからこそ、自然現象(量子現象)は、近似的にではなく、本源的に確率的なのである。

(つづく)


お願い

以上の記事は、哲学系掲示板「論客コミュニティー」に投稿したものです。投稿先への礼儀と応答の重複を避ける観点から、この記事へのコメントは、「論客コミュニティー/哲学/「私」と「他者」と「物理世界」」の方にお寄せ願います。


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