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パスカルの賭け

神に対する人の態度は、大きく三通りに分かれます。すなわち、神の存在を肯定する有神論、神の存否は知りえないとする不可知論、そして、神の存在を否定する無神論です。常識的に考えると、有神論と無神論とは対極にある態度だと考えられます。しかし、厳密に理性的に考えると両者は本質的に等価であるということができます。なぜなら、無神論は、在来の神を否定する絶対的な視点に立っており、そのような絶対的な視点の導入は新たな神の導入に他ならないからです。


パスカルは、「理性によって神の実在を決定できないとしても、神が実在することに賭けても失うものは何もないし、むしろ生きることの意味が増す。」といいました。神が実在する方に賭けた方が得だというこの判断は、「パスカルの賭け」と呼ばれています。彼は、「理性に従えば不可知論を採らざるを得ないが、我々は現実に何かを信じてそれに賭ける以外に意志を決定できない以上、現実問題として不可知論はありえない」という立場に立ちました。


しかし、私は「パスカルの賭け」は、(確率論への貢献は認めるとしても)ナンセンスだと思います。なぜなら、ある神を絶対者として信じるということは、その他の神を邪神として否定することであり、そのような信仰の排他性が実に多くの人々の人生を破壊してきたし、今も破壊しつづけているからです。


たしかに、我々の意志決定は何かを信じてそれに賭けるという形で行われます。でも、そうだからといって、その何かを絶対視する必要があるのでしょうか。狂信的な集団によるバイオテロが人類文明を崩壊させることも十分ありえる今の時代状況は、相手に寛容な信仰や競争を我々に強く要請しています。破局を回避するために、我々は感性においては神を信仰しつつも、理性においてはその不可知を認める柔軟な心もつべきだと私は考えています。


YouTube/ AI vs. AI. Two chatbots talking to each other

GIZMODEにチャットボットの会話の和訳があります)



Vista+光 → ChromeOS+WiMAX (1)

我が家のデスクトップPCのOSは、Vista Home Premiumです。なので、来年4月10日でサポート切れになります。それを機に、思い切ってオンライン用PCのOSをChromeOSに切り替えようと目論んでいます。つまり、オンラインの作業には、ChromeOSがインストールされた安いノートパソコン(現時点では未発売)を使うことにして、Vistaの入ったデスクトップPCはオフライン作業専用にしようというわけです。そのうち、ChromeOS用のフリーソフトが充実してくれば、デスクトップの方もCromeOSに切り替えられるだろうという算段です。


あくまで参考です (^^;)


ノートPCをオンライン用PCにしたら、当然、外出先でもオンライン作業をしたいということになります。そこで、次に考えなければならないのは、現行の通信コストと通信速度をなるべく維持した上で、高速モバイル通信を導入することです。ここで問題になるのが、我が家の電話が光電話であるという事です。光電話は長距離の電話代を節約するために必要なので、残したい。結局たどり着いた苦肉の策は、現行のフレッツ光ネクストをフレッツ光ライトにグレードダウンして、それによって浮いた費用を、高速モバイル通信に当てるという案です。


高速モバイル通信としては、UQ WiMAXを考えています。マイコミジャーナル2011/08/24には、「筆者(Nakano Yayoi 氏)としては、全国で下り最大40Mbpsの高速通信を使える利用エリアや、速度制限がなくメイン回線としても充分使用できる点、キャンペーンに関係なくずっと月3,880円で使い放題という料金プラン、端末ラインナップの豊富さ――これらの優位点を持ったWiMAXが、他のサービスを大きくリードしているように感じた。」と書いてあります。ちなみに、我が家の住所は、UQ WiMAXサービスエリアのピンポイント判定で○になっています。


気になる料金ですが、フレッツ光ネクストが5460円/月に対して、フレッツ光ライトが2940円/月(下限)ですので、差額が2520円/月になります。これに対して、WiMAXは3880/月ですので、差し引き1360円/月の料金アップになってしまいます。しかし、キャッシュバックキャンペーン(2年契約)などを使えれば、この差額は大分圧縮できるようです。我が家の場合は、フレッツ光ライトの使用を妻に限れば、その料金は下限に抑えられると想定しています。妻がPCで動画を見ることは殆どありませんが、その場合は私と交替でWiMAXを利用してもらうつもりです。


一応、以上のような皮算用をしているわけですが、机上の想定なので破綻する可能性は十分あります。

(進展があったらまた書きます)



神を信じる心

hands

Albrecht Dürer's praying hands (1508)


しばらく前、私は論客コミュニティーに次のコメントを書き込みました。


未来は可能性として開かれている(決定されていない)。
各人が努力さえすれば常に希望が叶えられるなら何も問題はない。
でも現実には、我々の力ではどうにもならず、悲惨な事態を引き起こす可能性がある。
そこで、我々はそのような問題に対し良い方向に展開して欲しいと願う。
この「願う」という精神現象は、本来他者にたいしての希望であるのだが、希望を叶える他者がいない場合は、とりあえず太陽や先祖や木石などに願う。
しかし、我々は社会的動物だから、願う相手が生身の人間以外であってもそこに人格を与えるようになる。
さらに進んで、その人格が太陽や先祖や木石から昇華して森羅万象をつかさどる神と呼ばれるようになる。
しかし、それだけではすまない。
われわれは、神あるいはその使いと名乗る人物から正しい生き方を伝授してもらえると期待するようになる。
そして、宗教が生まれた。
そう、宗教はその教祖としての神と不可分だから、神は宗教ごとに特殊化されてしまった。
そのため、自分の信じる神の正当性をかけて宗教同士が戦うはめになった。

私は、自らを絶対化し他者を排斥する宗教の神を信じない。
自他の幸せを願う心に宿り、ただひたすらその願いの受け手に徹するの素朴な神を信じる。

ですから私は、お寺のお墓の前でも、神社の賽銭箱の前でも、教会の十字架の前でも、等しい気持ちで手を合わせることができます。



Caveman 30th Anniversary


あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いもうしあげます。


30年まえ、私はある玩具メーカーで電子ゲームの開発に携わっていました。私がデザインを担当した2作目の電子ゲームが表題のケイブマンでした。当時、タイミングよくリンゴ・スター(元ビートルズメンバー)主演の同名映画が公開されたばかりでしたので、ゲームの方のケイブマンも欧米で結構売れました。


(裏話)

そのころの電子ゲーム機は1機1ゲームとう仕様でした。ゲームセンターで流行ったゲームを移植することが多かったのですが、ロイヤリティーもバカにならないので自社オリジナルのゲームを作ろうということになり、そのためのアイデア会議がもたれました。メンバーは電子ゲーム開発部門のデザイナーと電子技術者と機械技術者で構成されていました。その席上で、普段物静かな電子技術者のU氏が、原始人(ケイブマン)と恐竜が登場するゲームのアイデアを提案しました。ケイブマンが恐竜から卵を盗んで洞窟(ケイブ)に持ち帰るという単純なゲームでしたが、そのコミカルな内容が受けて開発することになりました。

ケイブマンに使用した表示素子は、蛍光表示管(FIP)でした。これは、光る数字や記号を表示するための真空管です。蛍光表示管は、緻密なドットマトリクス表示が苦手なので、画素=キャラクタの絵柄という形で表示します。キャラクタの描画がカソード、グリット、アノード(蛍光体)の位置や絶縁等の関係で制約を受けるのが難点ですが、私としては、制約が多い中で最適なデザインを探ることに結構面白味を感じていました。まだファミコンが登場する前の古き良き時代の話です。


私は、今年還暦です。光陰矢のごとしといいますが、実際、30年前のことがついこないだのことように思い返されます。ですからあと30年、つまり90才まで生きながらえたとしても、もうそんなに長い人生ではないんだなぁとつくづく思います。
焦り、諦め、そして、開き直り。
ピンピンコロリだけじゃダメなんです。だって、夢を追いながら生きなければ面白くないじゃありませんか!
今年の前半には超光速ニュートリノの存在が確定して、その影響でタイムコミュニケーション(超光速通信や時間逆行通信)に注目が集まり、結果、このブログやメインのウェブサイトTimeComm.info がブレイクする・・・というのが私の初夢です。(^^)


映画ケイブマン資料映像(YouTube)



面白いということ

citylights

Charlie Chaplin and Virginia Cherrill in City Lights (1931)  


しばらく前、私は論客コミュニティーに次のコメントを書き込みました。


(面白いとは何かという問いに対して)
私の見解は、面白いという快感に生物学的な合理性があるなら、それは種の保存への報酬に違いないという考えに基づいています。
しかし、摂食やSEXのように種の保存への直接的な貢献に対して事後に支払われる報酬(快感)ではない。
すると、それは種の保存への貢献の可能性に対して支払われる事前の報酬ではあるまいか・・・ということになります。

丁度YouTubeでリンゴ・スター主演のCaveManというコメディー映画を見た後だったので、これなんじゃないかと思いました。
つまり、知的な種は何か変則的な事態が起こったとき、その変則的な事態を解釈し、種の保存に活かせる可能性をもっている。
そこで、そのような変則的な事態を発見することや観察することや解釈することに事前の報酬としての快感が与えられるようになったと考えたわけです。
実際、道具の製作や火の使用や牧畜や農耕など好奇心がない種では考えれないことだし、その結果得られたものは絶大すぎる程絶大でした。

私は、このように絶大な威力があったからこそ、種は面白いという感情の一人歩きを許したのだと思います。
それは、ちょうどベンチャー企業が将来の大きな収穫を当て込んで、研究スタッフに大きな自由を与えるようなものです。
そして、我々人類は、実際には種の保存には関わらないあるいは反することでも面白いと思える自由を獲得したのです。

もちろん、以上は因果論的な見解です。
実存にとって、面白いということは『事前の報酬』ではなく、実存そのものの状態だといえます。
面白いこと、夢見ること、自由であることはみな実存のポジティブな状態です。



しばらく休みます

いつも、ブログを見ていただきありがとうございます。
現在、私はこのブログやメインサイトTimeComm.infoの主題であるタイムコミュニケーションに関する予備実験を準備中です。しばらくそちらの方に集中したいので、ブログの更新を1ヶ月程休むことにしました。
予備実験がうまくいったらいったで本格的な実証実験へと進むことになるので、そのときはまたブログを中断するかもしれません。詳細については今年中には報告できると思います。
では、また近いうちにお会いしましょう!


追伸(3/23)
まだもう少し時間がかかりそうです。



原発存廃問題

fukushima

現在、我が国には経済の長期低迷・高齢化・所得格差(職業差別)の拡大そして災害の多発(可能性)といった大きなストレスがかかっています。
これらのストレスをバネにして新たな飛躍を勝ち取るか、それとも、これらのストレスに押しつぶされるかに日本の盛衰がかかっています。
原発の存廃問題は、このような時代状況を象徴する問題だといえるでしょう。


私は、原発依存という選択はハイリスク・ノーリターンあるいはハイリスク・マイナスリターンの選択だと考えています。というか、そう直感しています。
一方、脱原発依存を指向し、さらには脱化石燃料依存を指向して再生可能エネルギーの技術開発と市場開拓を推し進める選択は、ハイリスク・ハイリターンの選択であると直感しています。


原発依存を指向する人が持ち出す過去の成功体験や、それに基づく試算には、それなりに説得力があります。
しかし、過去の成功体験にしがみついて開発指向・開拓指向が鈍れば、自ずと没落するのです。
アップルやサムスンに対する日本企業の劣勢がそのことを如実に物語っています。


私は、ハイリスク・ハイリターンの選択をする時は今だと直感しています。
今の日本には、カンブリア大爆発のようなドラスティックな変革が求められていると直感しています。


(私のタイムコミュニケータはまだ完成していませんので(笑)、国家戦略の選択は最後には直感に頼らざるをえません。)



カッサンドラー!

cassandora

カッサンドラーを凌辱する小アイアース  


仮に、私が予知能力を獲得したら、それを何に使うだろう?
為替や株で大儲けする。大災害を予知して多くの人命を救う。非決定性チューリングマシンを製作してシンギュラリティー(技術的特異点)へと雪崩れ込む・・・・
でも、ちょっとひっかかる。
予知能力を獲得するということは、いつでも正しい選択すなわち神託(オラクル)を手に入れられるということだ。そうだとすれば、私の言動はその神託に左右されるようになってしまうだろう。まるで、占い師にマインドコントロールされている人の言動のように・・・・
それは、果たして幸せなことだろうか?


ギリシア神話では、予知能力は忌まわしき能力です。
パンドラの箱に最後に残ったのは希望ではなく予知能力であるという説があります。
つまり、予知能力こそ最悪の災いだというのです。
なぜなら、予知能力を持った者は、自らの悲惨な前途(老病死)を知って苦しまなければならないからです。我々は、予知能力を持っていないからこそ、未来を楽観できる。そういう成行きで、「パンドラの箱には希望が残った」とう意訳的な解釈が生まれたというのです。
また、アポローンから予知能力を授かった凶事の預言者カッサンドラーが悲惨な生涯を送ったことから、イタリア語では「カッサンドラー」は「不吉、破局」を表す言葉として使われているそうです。


もし、タイムコミュニケーションが物理的に可能なら、我々はいつか予知能力を獲得するでしょう。その時、我々が「カッサンドラー!」と叫ぶことになるのかどうかは、予知能力を持たない今の我々には知る由もありません。



バイナリーオプション

money

現行の金融システムは予知の不可能性を前提として構築されている  


タイムコミュニケーションを使った予知の実現は、現行の金融システムの崩壊を意味しています。


バイナリーオプションと呼ばれるマネーゲームがあります。これは、たとえば10分後の為替レート(対ドル円レートなど)が現時点のレート水準より上か下かを予想し、予想が当たると掛け金の倍額が払い戻され、逆に予想が外れると掛け金が没収されるといったゲームです。10分後に為替レートが上がるか下がるかは、現時点においてほぼ確定している(取引材料と取引アルゴリズムがほぼ確定している)と考えられるので予知によってほぼ確実に大儲けができます。
(予知を使って為替を取引することは、未来のレートに影響を与えますが、予知にもとづく取引が「儲けを目的とした決定論的なアルゴリズム」に従うかぎり、予知の影響は「現時点において確定している」といえます。すなわち、予知される未来の為替レートは「予知の影響を織り込んでいる」といえます。したがって、「予知することによって予知が外れる」というパラドックスは起こりません。)


仮に、予知によって99%の勝率を確保できたとしましょう。すると、10回立て続けに勝てる確率は約90%です。そこで、元手を1万円として、毎回全残額を賭けたとすると、10回の取引で1024万円が手に入る計算になります。あくまで計算上の話ですが、1024万円から24万円を予備資金としてプールして、1000万円を元手として同様に10回の取引ができたとすれば、100億円の投資資金が手に入り2億4024万円の予備資金をプールできます。さらに、同様に10回の取引ができたとすれば、10兆円の投資資金が手に入り2402億4024万円の予備資金をプールできます。


現実のバイナリーオプションのキャパを考えると、儲けられるのはせいぜい数億円止まりかもしれませんが、FX取引や一般の金融商品取引にまで手を広げれば、短期間(数ヶ月以内)に10兆円を手に入れることはたやすいでしょう。10兆円といえば、今話題のフェイスブックのナスダック上場時の時価総額を上回る金額です。そのような荒稼ぎができてしまうタイムコミュニケーションにもとづくマネーゲームですが、現行の金融システムでは、それを取り締まることは法的にも技術的にも不可能です。


以上の思考実験から、タイムコミュニケーションを使った予知の実現は、現行の金融システムの崩壊を意味しているということができます。



2本のツノ

satan

大統一理論と観測問題は、物理学の2本のツノです 


高級な数学や巨大加速器やスーパーコンピュータを駆使して挑戦する大統一理論は、間違いなく物理学の最先端、すなわち物理学のツノです。そこにアマチュアの付け入る隙など微塵もありません。


しかし、物理学にはアマチュアでも挑戦できるもう一つの最先端(ツノ)があります。
それは、観測問題です。
観測問題で重要な能力は、数学力や経済力よりも想像力です。大統一理論が左脳から生えたツノだとすれば、観測問題は右脳から生えたツノだといえます。


「いやいや、観測問題だってアマチュアなんかお呼びじゃないでしょ。なにしろ、その解決は量子情報理論や量子コンピュータのような最先端の理論や実験の先にあるんだからね」という声が聞こえてきそうです。しかし、量子情報理論や量子コンピュータへの理解が進めば、本当に観測問題は解決されるでしょうか?
私は、そうは思いません。


観測問題は、つきつめれば物理世界において観測者がいかなる地位を占めるのかという問題です。つまり、その問題設定自体が、「観測者を排除してきた従来の物理学の枠組み」を超えています。ですから、常識(従来の物理学の枠組み)に囚われている限り、どんなに高度な理論や実験を積み上げたとしても、それだけで観測問題が解決するはずはない・・・と私は考えています。



真贋問題

gogh

Sunset at Montmajour_1888_Vincent van Gogh  


最近、上に掲げたのゴッホの作品が発見されて話題になりましたが、この作品は1990年代にも、当時の所有者が美術館に真贋を尋ね、その時はゴッホの作品ではないと鑑定されたものだそうです。どうやって真贋を鑑定するかというのも興味深いですが、それよりも、ゴッホ自身が描いたものかどうかで「同じ物体」の価値に雲泥の差が生じることの方がもっと面白いですね。


最新の超精密な3Dプリンターやインクジェットプリンタを併用すれば、ゴッホの本物と並べても全く見分けのつかない贋作を造れるかもしれません。しかし、本物と見分けがつかなくても、贋作にはその製作にかかった実費以上の価値は認められません。この事実は一体何を意味しているのでしょうか。


芸術は、鑑賞者が表現者と一体化する気分に浸れて初めて完結します。職人や機械による贋作とか自然による造形を芸術作品と呼ばないのは、その物の向こう側に表現者がいないからです。また、作者しか知らない未発表の作品も芸術として完結したとはいえません。


認知神経科学の観点から言えば、芸術鑑賞とは、ミラーニューロンシステムによって鑑賞者が表現者の美的体験を脳内で追体験する行為だといえそうです。ですから、鑑賞対象の「美的物体」が人間の手によらない物であるとか、贋作であるという情報が鑑賞者に与えられると、途端にミラーニューロンの発火が抑えられて、結果的に芸術鑑賞が成立しなくなる、あるいは、興味が著しく減退してしまう・・・といえるのではないでしょうか。



月か? 六ペンスか?

gauguin

Gauguin portrait 1889  


偉大な芸術作品を生む天才が尊敬されるのは当然だとすれば、その偉大な芸術作品を鑑賞できるすべての人間もまた尊敬に値する才能を持っているといえます。なぜなら、芸術鑑賞と芸術表現とは本質的に分かちがたい行為だからです。


芸術鑑賞は、鑑賞者が彼の脳内のミラーニューロンシステムを通じて表現者の美的体験を追体験する行為であり、芸術表現は、表現者が直観にもとづく試行錯誤を通じて、心の中の鑑賞者(ミラーニューロンシステム)に強い美的共感を与える表現を発見的に抽出する行為だと考えられます。


天才に必要な能力は、答えの大まかな在りかを予感するセンス(直観力)であり、常識にとらわれずにその予感に従って試行錯誤へとつきすすむ強引さだといえます。


一介の日曜画家にすぎなかった証券マン(ゴーギャン)が、株式相場の大暴落を機に世間のしがらみを断ち切ってプロの画家へと転身したという話は、足元の六ペンスを拾うかわりに、川面に映る月を目がけてバンジージャンプをすることができる人間(天才)ならではの潔さを感じさせるエピソードです。



Realism & Existentialism

ism

Realism, Existentialism, Philographics, Genis Carreras, 2011.


NHK「神の数式」完全版(12月24日から4夜連続)の予告を見て興味をもったので、動画検索サイトPideoでオリジナル版を視聴しました。
この種の啓蒙番組を視聴したり啓蒙書を読んだりすると、率直に数式の力やそれを操れる人ってすごいなぁと感心させられるのですが、同時に、「神の数式」だとか「万物の理論」だとかいうのは少し大げさだなぁとも思います。


”(実在論者である)アインシュタインでさえ、生涯の終わりに近づいたとき、この「今」の問題が「彼をおおいに苦しめている」と告白したのだった。哲学者ルドルフ・カルナップとの会話で、アインシュタインは「『今』には何か本質的なものがある」ことを認めたが、それが何であれ、それは「科学の領域の外部」にあるという信念を表明した。“

ポール・デイヴィス「時間について」より引用(括弧内TimeComm)


いまここの観測者(実存)を科学(物理学)の領域の外部に置いて、「神の数式」だとか「万物の理論」だとか豪語しても、その数式や理論と実存との関係は全く曖昧なままです。


私は、心の哲学と同様に物理学においても、近い将来、実在と実存とを調停する作業が必要になると確信しています。



Soft-Takeoff.com

takeoff

1911 Wright Glider


"soft-takeoff.com"というドメインを580円(スタードメインキャンペーン価格)で取得しました。ソフトテイクオフとは、シンギュラリティに関する用語で、シンギュラリティが緩やかかつ制御可能な形で実現することを意味します。その反対概念は、ハードテイクオフです。今後、シンギュラリティに関する話題が増えてくれば当然ソフトテイクオフという用語も多用されると思われるので、Googleなどでの検索数も増えるに違いない・・・だからドメインを取得しておいて損は無いというわけです。


せっかくドメインを取得したので、実際にサイトを作成し運営したいと考えています。トップページのコンテンツは、"Singularity", "Back in time communication", "Philosophy of science”という3つのカテゴリーに分けて、当面はこのブログの記事や親サイトの"TimeComm.info"の記事を中心に掲載していこうと考えています。


サイトの作成と公開は、weeblyという無料のサイト作成公開サービスを使って行います。私も最近知ったのですが、このweeblyというサービスは中々のものです。HTMLなどの知識が全くない人でも、ドラッグ&ドロップなどの簡単な操作で、標準的なサイトを構築することができます。作業はすべてウェブ上で行い、目立つ広告もでませんし(フッターに"Create a free website with weebly"という案内がはいるだけ)、日本語化も着々と進んでいます。また、スターター・プラン(年49ドル)に契約すれば手持ちの独自ドメインも使えます。


たとえ1μ秒であったとしても、信号を過去に送ることができる時間逆行通信が発明されれば、その時点から10年以内にシンギュラリティが到来するでしょう。なぜなら、その発明はすぐに非決定性チューリングマシンに応用できるからです。想定外の速さでシンギュラリティに突入することになった場合、ソフトテイクオフできるかどうかが大問題になります。



第三次世界大戦は防止できるか?

Tagore_Gandhi

Tagore and Gandhi 1940  


2014年8月30日



気が早いかもしれませんが、この辺で、第三次世界大戦を防止する方策ついて議論するというのはどうでしょう。


権力志向過剰な人々が制御する政治システム(主権国家体制)や宗教システムの好戦性は歴史が証明しています。
坂道を転がり始めてからでは手遅れになりかねません。
自由に議論しましょう。


キーワード?: 非暴力不服従,インターネット,ネオヒッピー・・・・


お願い

以上の記事は、哲学系掲示板「論客コミュニティー」に投稿したものです。投稿先への礼儀と応答の重複を避ける観点から、この記事へのコメントは、「論客コミュニティー/哲学/第3次世界大戦は防止できるか?」の方にお寄せ願います。


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